テスト
それは澄み切った青空、そして夜空に美しい満月が浮かぶ一日でした。
ハワイアンサインギャラリーのオーナー、ハリスさんのメモリアルサービス、お別れ会が1月11日、ワヒアワの南に位置するミリラニの教会で執り行われました。
ご家族の方がハリスさんのfacebook上にお別れ会の情報を掲載され、セレモニー参列の習慣も分からず、どんな服装が良いのか、日本で言うところの香典は準備しておいたほうが良いのか何もかも分からない状態でしたが、ハリスさんに感謝の気持ちを伝えなきゃとその一心で、急遽飛行機を手配してハワイへ向かいました。
会場となったミリラニ霊園にある、マウカチャペル。
青空と緑の芝生、そして供えられたお花に厳かな雰囲気に包まれた、心安らぐ場所でした。
教会に入ってすぐ受付があったのですが、その側にはたくさんのハリスさんの作品が飾られていました。
日本から準備しておいた香典とメッセージカードを受付でお渡しし、記帳をして会場前方へ進みます。
会場に着いたのは、開式の1時間ほど前だったので、まだ参列の方は多くありませんでしたが、最終的には軽く150名を超える方が参列されたように思います。
祭壇にはご家族や友人から立派なお花がいくつも供えられています。
日本と違い、鮮やかな色合いのお花がとても美しい。
中央には、おそらく遺骨が納められている小さな木箱に、ハリスさんの写真と、ネームボード。
このネームボード、昨年ハリスさんの娘さんが結婚披露宴を挙げられたとき、ハリスさんが参列者ひとりひとりの席次プレートとして手作りされたものだと思います。
写真は、11月にカナダを訪れた際のものでしょうか、ハリスさんらしい穏やかな笑顔が映されています。
開式までまだ時間があったので、会場を散策すると、教会の向かいにレセプションホールがあり、お別れ会のあとのレセプションの準備がされていました。
当日、受付で配られた式次第には、”the root of joy is gratitude”、感謝の気持ちこそが喜びの源、と銘打たれています。
ご家族の写真に、今は亡きお父さんの姿も映されています。
さて、セレモニーはハワイらしくウクレレ奏者による生演奏から始まり、親族の方が最前列に着席されます。
参列者の方の服装は、やはり黒を基調とする方も多かったですが、アロハシャツ、中にはジーンズ姿の方もおられ、形式には拘りがないハワイの風習を感じることができました。
その後、牧師さんのお言葉や聖書の朗読があって、ビデオメッセージへと続きます。
ご家族をはじめ、多くの友人がハリスさんとの思い出話を紹介していただけるのですが、中にはいくつも笑いを誘うエピソードがあって、しんみりするだけじゃなくて、どこかココロが温かくなる演出がなされていました。
(娘さんがビデオレターをYouTubeにアップされていましたので、こちらにも掲載させていただきました。)
あっという間の1時間ほどのセレモニーが終わり、教会の外に出てくると、すっかり夜空に変わっていました。
レセプションに続いていくのですが、多くの人がご家族とお話をしようと、長蛇の列に!
会場で日本から参列されていた方にお声掛けいただいて、その方と列に並んで待つこと15分ほどだったでしょうか。
短い時間でしたが、奥さん、娘さんと久しぶりに再会し、想いを伝え、ハリスさんにはもう会えないけれど、これからもご家族とつながっていくことができた、本当にかけがえのない機会となりました。
奥さんはこの日、たくさん泣いて、でもたくさん笑っておられたのは、親族や地域の方によるたくさんの支えがあるからこそなんだと思います。
レセプションは、ここでもウクレレ演奏もあり、みんながワイワイと食事を楽しんでいました。
お食事も美味しくいただきましたが、おそらく地域の方が協力してすべて準備された、手作り感あふれるレセプションだったように思います。
さてさて、今回セレモニーに参加させていただくまで、私のココロにはハリスさんが亡くなった大きな穴がぽっかり空いていました。
それが、セレモニーに参加すればその穴が閉じてなくなってしまうだろうと期待していた部分がありました。
けれども、ハリスさんの祭壇を見て、その穴が完全に閉じられることはなく、あぁハリスさんはもういないんだなぁと改めて思い知らされた。
それでも、奥さんや娘さんとお話して、そしてこれからもお付き合いさせていただくことをハリスさんは残してくれた。
そんな幸せな気持ちを胸いっぱいに、ミリラニを後にすることができたのでした。
当日ご家族に、私たちからお送りしたフォトスタンド。
多くのサインボードで多くの人に幸せな気持ちを届け続けたハリスさん。
ちょっとは私たちも、ハリスさんに恩返しできたかしら?
いま、ハリスさんのそばにスタンドを置いていただいて、私たちもこれ以上ない喜びを感じています。
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